坂東玉三郎、市川海老蔵、市川猿之助、中村獅童らの人気者が顔を揃える『七月大歌舞伎』

七月分の見どころを書こうとしている六月の半ばには、「昼の部の切符が全然ない!」という悲鳴が聞こえて来ました。坂東玉三郎・市川海老蔵・市川猿之助と人気者が顔を揃えた公演、特に昼の部はあっという間に完売とか。同じ顔ぶれでも、演目の内容が昼の部の方が馴染みやすいことが、昼の部に特化している原因でしょうか。

ちなみに、昼の演目は『南総里美八犬伝』、『与話情浮名横櫛』、『蜘蛛絲梓弦』(くものいとあずさのゆみはり)と、立ち回りの華やかな場面、世話物の代表作、一人で六つの役を踊り抜く変化(へんげ)舞踊の順番に並んでいます。

いつものように演目の解説をしても良いのですが、昼の部はすでにチケットを手にしている方々だけにしか情報発信の意味を持たない事になります。この記事を読んで興味を持ち、「どれどれ、じゃあ七月の歌舞伎座を観ようか」と思って頂いても、「もう昼の部の切符は買えません。後は、一幕見に並んでください」というのは余りにも不親切ですよね。

坂東玉三郎、市川海老蔵、市川猿之助、中村獅童らの人気者が顔を揃える公演ですから、こうした現象は不思議ではありません。今の時点(6月30日)では、時代物の名作『一谷嫩軍記-熊谷陣屋-』と、お馴染みの怪談『通し狂言 怪談牡丹燈籠』が上演される夜の部はまだ若干チケットがあるようです。

歌舞伎に多くの観客が詰めかけるのは嬉しいことです。最近は、見やすい「早替わり」「宙乗り」などのある芝居は人気が高く、昔からの古典歌舞伎の大作にはあまり観客が集まらない、という傾向があります。これは「優劣」の問題ではありません。新しい物を生み出し、時代の要請に応えて、時代に合った作品を創り出すことは大切でし、歌舞伎の根幹とも言える、何百年も掛けて先人が洗い上げた「古典歌舞伎」をどう継承し、どう見せるか、も同等の重さを持った問題です。

これは、現在の歌舞伎が抱えている「大きな問題」と言えるでしょう。現在の演劇界のシステムの中で、千秋楽を定めずにロングラン興行を行っているのは劇団四季だけで、東宝ミュージカルも人気作品は数ヶ月の上演に及ぶことがありますが、歌舞伎の場合、「評判がいいから」とロングランにすることは、ほとんどの役者が翌月の予定が決まっている現在の状態では不可能なのです。

もっとも、江戸時代には歌舞伎は「ロングラン・システム」を確立しており、半年以上続けて上演された作品もあります。しかし、時代が変わり、一度に幾つもの劇場で歌舞伎公演の幕を開けなくてはならない現在、ロングラン・システムは現実的ではないでしょう。

しかし、歌舞伎もいずれはそうしたことも視野に入れて、「誰が」「何を」だけではなく、「いつまで」上演可能なのか、という問題も考えざるを得ないでしょう。歌舞伎四百年の歴史の中で、演目や出演者の状況から見えて来る、あるいは今後のために考えなくてはならない問題、というのは、実は少なくありません。

最後に今月の演目のこぼれ話を。夜の部の『怪談 牡丹燈籠』の初演は、歌舞伎ではありませんでした。40年以上前のことですが、玉三郎が演じた「お峰」は、玉三郎が尊敬・敬愛してやまなかった昭和の名女優・杉村春子で、劇団文学座の公演でした。その演技は、少年だった私の目に、今も鮮やかに残っています。


会場:歌舞伎座 (東京都)
平成27年7月3日(金)~27日(月)


昼の部
一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)
二、与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)
三、蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)

[出演]中村獅童 / 市川右近 / 中村梅玉 / 中村歌昇 / 坂東巳之助 / 中村種之助 / 市川笑三郎 / 市川猿弥 / 市川笑也 / 中村松江 / 市川海老蔵 / 市川中車 / 坂東玉三郎 / 市川猿之助 / 市川門之助

夜の部
一、一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
二、通し狂言 怪談 牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)

[出演]市川海老蔵 / 市川左團次 / 中村芝雀 / 片岡市蔵 / 中村魁春 / 中村梅玉 / 坂東玉三郎 / 市川中車 / 上村吉弥 / 市川春猿 / 市川猿之助


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