歌舞伎評論家・中村義裕コラム 歌舞伎役者列伝No.13『中村 錦之助』

前の名の中村信二郎時代から馴染み深く観ていた役者だ。スマートで端正な二枚目ぶりは変わらない。
20年以上も前の話になるが、歌舞伎ではなく新派で『残菊物語』という芝居を演じた。これは、実話を元に歌舞伎の世界を描いた作品で、主人公の薄倖の二枚目役者を演じていた姿が役柄にぴたりとはまり、今も鮮やかに残っている。

中村錦之助という名前は、後に「萬屋錦之助」となって映画界の大スターとして一世を風靡した伯父の名である。しかし、今や先代の現役での活躍を知る人も少なくなりつつある今、二代目としての役者ぶりを見せることが、大きな目標だろう。

一時はあまり目立つ役を演じる機会に恵まれなかったが、その間も腐ることなく歌舞伎の修行をしていたのだろう。2015年の6月、歌舞伎座で大作『新薄雪物語』が通して上演され、錦之助は園部左衛門という物語の中で事件の発端となる役柄を演じた。多くの名優が手掛けてきた二枚目を、折り目正しい芝居で爽やかな品格を湛えて演じ切ったのに感心した。

50歳を過ぎてなお、こうした若々しい二枚目を演じることができるのが、歌舞伎という芸能の懐の深さであり、難しさでもある。単に見た目が若々しいというものではなく、積み重ねてきた芸の蓄積を「どうだ!」と見せるのではなく、役が求める物に過不足なく見せることができるのも経験ゆえだろう。

若手の歌舞伎役者が元気な昨今、子息の中村隼人も若手人気役者の仲間入りをした。まだまだ錦之助を脅かす存在ではないが、息子と二枚目役を張り合える若々しさは貴重な才能とも言える。

錦之助の魅力は容姿だけではなく、張りのある、色気のある科白だ。役によっては女形でも通用するほどの艶があるのは、与えられた肉体に感謝すべきだろう。歌舞伎は、「総合芸術」だとはよく言われるが、役者の肉体が重要な要素を占めていることは言うまでもない。その肉体に恵まれていることは、それだけで有利なのだ。後は、これから年を重ねる中で、どう肉体を活かした芝居を見せるか、だろう。

錦之助が有利なことはそれだけではない。40代の若手に比べて、10年以上もの間、かつての名優たちの芝居に触れている、ということだ。これを活かさない
手はないだろう。若い頃に目にした多くの名優の舞台を想い出し、自分にはどの役が適当か、どう演じるかを考えた上で、錦之助版の役を見せてほしいし、そろそろ適当な時期に差し掛かっている。常に主役級である必要はないのだから、脇でも彼の個性が光るような役を、後に続く世代に見せてほしいものだ。

錦之助の持つ色気と艶を、今後どう活かすかは、歌舞伎を公演する松竹の問題でもあろう。こういう役者が「大歌舞伎」と看板を掲げた舞台でいかに大事な存在であるか。錦之助を活かすも殺すも歌舞伎の作り方次第である。本人の努力が必要なのはもちろんだが、もう一段階、二段階とステップアップできる可能性のある役者だ。


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