物語はついに核心に…行くのか行かないのか!? 平岡裕太郎の『歌舞伎への提言』第三話

私に馴染みのない読者(馴染みのある読者がいたらお目にかかりたいものだ)のために言っておくと、私の取り柄は誠実で嘘を吐かないことだ、と言われる。

「歌舞伎カフェ」を監修している中村氏の劇評は、歌舞伎に限らず幅広いジャンルで的確に作品の本質を見抜き、役者には厳しいながらも愛情がある。私は、彼の批評眼が好きだ。

「提言を書くためだ」と言って歌舞伎座をおごらせたのだから、このぐらい書いておけば大丈夫だろう。私は中村氏に「君から依頼された原稿のために、今の歌舞伎を知りたい」と彼の過去の悪行をあげつらい、歌舞伎座へ招待させることに成功した。今になって、素晴らしい交渉術を持っていることに気づいた。

しかし、しばらく見ない間に、ずいぶん綺麗になったものだ。改築してピカピカである。外国人観光客が「スーパー銭湯」と間違えるのではないか、といささかの危惧を覚えたものの、その時は私が番台に座れば良いだけの話だ。

さすがに新しいだけあって、絨毯は厚く、客席もほんのわずかだがゆったりした。いろいろな機械を付ける場所があり、科白の説明や、今やっている場面の見所などが出る小さなテレビのようなもの、見所を説明する「イヤホンガイド」なども貸出しており、初心者にも丁寧な姿勢を見せている。

早速、両方とも借りようとしたが、二つの理由で辞めた。まずは、両方とも有料だったこと。私はてっきり、入場料の中に含まれており、「不安な方はどうぞ」というサービスかと勘違いしていた。中村氏にこれ以上の無心をすると、また嫌な眼で私を見るに決まっているのだ、あいつ、いや彼は。謙虚な私は、新しい体験なのに涙を呑んで辞めた。

もう一つの理由は私の素朴な疑問による。「イヤホン」を耳に差し込み、「画面」で科白を読むという状況になると、「いつ舞台を観ればいいのか分からない」ということだ。二つの機械を使いこなしつつ、芝居に集中するなどという魔術師のような真似は私にはできない。

それに、歌舞伎のことは知らないわけでもなく、少し居眠りをしても、白血球が減少して免疫が落ちるとか、血圧が急上昇するなどの副作用がないことも知っている。むしろ、うつらうつらしながら芝居を観る楽しさもあるので、あえて機械は使わずに、客席の人となった。

いささか驚いたのは、最初の短い踊りが終わった瞬間に目が覚めたことで、知らぬ間に爆睡していたらしい。やはり、早朝に家を出たことがここで影響したのだ。しかし、短時間で深く眠り込んだおかげで、体調はすこぶる良く、お腹も空いた。幕間になったので、ロビーで腹ごしらえをし、缶ビールでも呑めば、次の幕への臨戦体制はばっちりである。

劇場での食事が安くはないぐらいは大人の常識である。優雅に見えるように歩いて食堂へ行こうとしたら、事前に弁当を予約しておかないと食べられないのだそうだ。今の時間に予約をすると、次の幕間になる、とのこと。次の芝居が終わる時間を聞いたら、1時30分だと言う。それでは、客席で餓死する恐れがあり、芝居どころではない。中村氏に泣きついた私に、彼は冷たい声で言った。「地下にもたくさん売店があって、そこでお弁当が買えますよ。ただし、自腹でね」と。

第4回へつづく…!?


【連載 第一話】平岡裕太郎の『歌舞伎への提言』その1

【連載 第二話】平岡裕太郎の『歌舞伎への提言』その2


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