9月の歌舞伎座 秀山祭九月大歌舞伎『伽羅先代萩』をチェック!

九月の歌舞伎座の話題は、坂東玉三郎が政岡という女形の大役で人気演目『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)を通して上演することでしょう。

「伽羅」(きゃら)というのはお香の中でも最高の品、と呼ばれる名木です。その名木という読み方の音を「伽羅」の字に当てはめ、「先代」は「仙台藩」の伊達騒動を舞台にしています。まるで暗号のようなタイトルですね。

玉三郎が演じる乳人(めのと)とは「乳母」のことで、生まれて間もない頃から若君を自分の乳で育てています。しかし、藩の中にはこの若君を亡き者にし、お家乗っ取りを企む悪党の一味がおり、何とか若君を毒殺しようとしますが、その身替りに、政岡の実子・千松が死んでしまいます。その際に、眉一つ動かす様子を見せなかったことから敵方は勘違いをし…。となるのですが、この『伽羅先代萩』は歌舞伎の演目の中でも大きな群をなす「お家騒動物」の代表作と言えるでしょう。

お家乗っ取りを企む悪人・仁木弾正に中村吉右衛門、混乱した事態を見事に捌く細川勝元に市川染五郎と、役者が揃った舞台です。時代物の代表作の一つとして、江戸期から親しまれて来た作品を、皆さんはどのように受け取られるでしょうか。男女平等の世の中で、女性がどんどん社会進出をしている今では考えられない事ですが、江戸時代当時、女性の身で藩の跡継ぎである若君の乳母兼養育係を勤めるのは大変な事でした。恐らく、何万人に一人、という確率でしょう。

若君の命を守れるかどうかで、「お家」の存続という大きな問題に関わります。政岡は、そのために我が子を殺されても平然と装っているのです。敵方が去った瞬間に、この哀しみが堰を切ったように溢れ出ます。この場面、大きな見せ場なのですが、現代の人々にどこまで共感を与えられるか、それが勝負でしょう。

これは玉三郎の技量の問題ではありません。時代と共に社会通念が変わり、会社を守るために我が身を捨て、まして我が子の命を捨てる行為は、現在であれば非難の的になることは間違いありません。しかし、時代や境遇の中で、その道しか選ぶことのできなかった一人の女性の哀しみを、今の我々がどのように受け止めるのか、ということでしょう。

「でも、それは芝居の中の話でしょ…」。そうです。芝居の中の「嘘」とも言えるでしょう。ただ、これは実際の事件をモデルにした芝居だけに、政岡のモデルになった人物も実在しています。「三沢初子」といい、銅像が目黒のお寺に建っています。実際には家の危機を救うために我が子を殺すことはしませんでした。

ジャンルに関わらず、「芝居」というものは、基本的に嘘から成り立っています。この『伽羅先代萩』のように、事実を基にした作品も多数ありますが、どこかに嘘があります。元来、芝居は嘘で良いのだと私は想います。観客の心を動かし、共鳴でも感動でも笑いでも、芝居を観ている時間を非日常の世界へ誘うことが一つの大きな役目だと考えています。

問題は、時代と共に人々の感情の「ツボ」が移ろいゆくことです。これは、誰がどんなことをしても止めることはできません。その中で、永遠不変に変わらない感情と、時代によっては受け入れがたいと思われる物に分かれてゆくのではないでしょうか。

この『伽羅先代萩』を、皆さんはどのようにお感じになるのでしょうか。


会場:歌舞伎座 (東京都)
平成27年9月2日(水)~26日(土)


夜の部
午後4時30分公演
通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)

中村吉右衛門/坂東玉三郎/中村梅玉/中村芝雀/市川染五郎/尾上菊之助/ほか


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